53.明日はそこにあるはず 22話

「それはないですよ、才蔵さん」

アロハ・オギクボは恨めしく呟いた。

「ごめん…。話せるの、アロハしかいなくてさ」

「だとしてもですよ、タイミングは今じゃないですよ。せめて終演後です。もっと言うなら千秋楽後ですよ」

「千秋楽まで放っておけるかよ、あと十日もあるんだぞ」

「ちょっと待ってください」と言ったアロハ・オギクボは両手を才蔵の顔前にかざすと、恐る恐る次の言葉を吐いた。

「もしかして、公演中に告発とか、そんなことを考えてるんじゃないでしょうね。そんなことをしたら本番飛びますよ、中止ですよ」

「わかってるよ」

「いえ、わかってませんよ。中止になるんですよ。俺たち、芝居に出られなくなるんですよ」

「仕方がないだろ、これは正義なんだ」

「ギャラはどうなるんですか?」

「ギャラ?」

「俺たちの出演料ですよ、中止になったらなくなるんですよ」

「そんなことは…どうにかなるよ」

「なるわけないじゃないですか、中止ってことはチケットが払い戻しになるんです、だけど劇場費はかかるんです。音響さん照明さん、セットを作った美術さんにも払います、そのお金、どっから出るんですか? チケット料金なんですよ、でも中止になったらお金が入らなくなるんです、どーするんですか? 制作さん、頑張って、ここまで作ってくれたのに、才蔵さんの正義のせいで、オジャンにするんですか? そこまでするんですか?」

アロハ・オギクボは涙を浮かべながら訴えるように反論した。

「俺、この舞台好きなんです、やりきりたいんです。あの人と、三四郎さんと芝居がしたいんです。俺、三四郎さんの舞台を実は何本も観てて、すげぇなこの人と思ってて…シリアスから二枚目から殺人鬼まで、物語のたんびにその役に入りきっちゃってて、それでいろんな舞台を追いかけたんです。そんで去年『伊賀の花嫁』のその三を観て、マジぶっ飛びましたよ、完全にヲタですよ!」

「観たとき本気でキショってなりましたよ。だけどね二分で物語に引きこまれちゃったんです、たった二分ですよ。物語はクソ笑いましたし、テーマの人それぞれの結婚観については考えさせられたし、最後は椅子立ち上がって意味なく一緒になって踊ってたんです。そのときからこの舞台に出たいって、オーディションを受けたいって、そんで選ばれて、弾む気持ちで稽古に参加したら、頭を殴られたような衝撃でした。みなさん、ガチで喜劇を追求してるじゃないですか、いえ、この舞台、喜劇じゃないです、これはエンタメです、だから俺…俺は」

 アロハ・オギクボは呟いた。

「才蔵さん、その正義、やりたいのなら、せめて、千秋楽、終わった日です」

才蔵は客席から舞台装置を眺めていた。

 入念なストレッチを終えた三四郎が楽屋に通じる袖へと消えていくところだった。

 その姿を確認した照明チーフが客入れ前の暗転チェックをはじめようと舞台の上手下手の袖中を見回っていたとき、舞台上に敷かれてるコンパネ板から飛び出していた釘を発見し演出部を怒鳴った。

「何やってんだよー役者にケガさせる気かよー」。

スタッフの誰もが役者同様にこの舞台の成功を願い、戦っている。その姿を才蔵は眺めていた。

【つづく】

令和2年6月22日